トマトログ

都内在住2人の子持ち。シンプルライフと見栄はりと低予算を共存させようともがいています。

おしゃれは全ての人に平等だと思う


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生まれ持って与えられたセンスが良い訳でもない。

どんな服も着こなせるスタイルやルックスを持つ訳でもない。

ファッション関係の仕事をしている訳でもない。

でも、なんで私が、そして多くの女性が、これ程までにファッションに気を使うのか。

それは「おしゃれは全ての人に平等だから」だと思う。

 

残酷なことに、人は他人を眺めるとき、そのスペックをそれとはなしに分析している。

学歴だったり、職業だったり、経済力だったり、家柄だったり、ルックスだったり。

もちろんそこに、話がおもしろいとか気立てが良いとか様々な要素は加わるけれど、「慶応幼稚舎出身、ご主人は開業医、そしてはっきりとした顔立ちの美人」なんて女性がいたら、確実に一目も二目も置かれる。そして残念(?)なことに、そこまでのスペックが揃っている人間は、性格まで良いことが多い。少なくとも私よりずっと性格が良いことばかりだ。なのでまぁ、勝ち目はない。

そんな、人が人を判断するときに意識的にも無意識的にも判断材料となるスペックは、多くの場合、20歳を過ぎて大きく変化することはない。ただし一つだけ、誰にでも加点を狙えるものがある。それが、ファッションセンスだ。

 

適度にトレンドを取り入れたメイク、着こなし。体型、顔立ちに似合う服。TPOにマッチした着こなし。なんとなく素敵、という雰囲気。ファッションという項目でなら、私たちは年齢にかかわらず、努力次第でスペックを上げていくことができる。そして、「おしゃれ」な女性は強い。えげつない話、「お金持ちで高学歴だけどダサい」女より、「顔立ちも経済力も普通だけどおしゃれ」な女の方が、女性の集団の中では高く評価されることが多いのだ。

お金があったほうがおしゃれができる? それも一理ある。服がバッチリ決まっていてエルメスのボリードをさらっと持っている女にはなかなか勝てない。でも、濃すぎるメイクに年齢にそぐわないヒラヒラした服、バッグはバーキン、の女には勝つことができる。

 

勝ち負け言ってて品がない。自分でもそう思うし、実生活では絶対に口にしない。でも、多かれ少なかれ、女の人って周りと自分を比べて一喜一憂しているんじゃないかな。

私も高校生くらいまでは、「人は中身が大切」って思って、表面ばかり繕ったりブランド物を集めている人間をバカにしているところがありました。でもね、「ダサい」って思われてないかなってどこかしら卑屈になるくらいなら、自ら土俵に打って出て戦ってみる方が楽しいなって今は思う。

 

そんな訳で、私は業界人でもないのにこの暑い中秋冬のトレンドをチェックし、インスタでおしゃれな人の持ち物を観察する。

女ってめんどくさい。でもおしゃれは平等だ。戦ってみる価値はある。